投稿日:2007-01-12 Fri
近衛文麿。天皇家の次に由緒正しい家に生まれ、日中戦争中に総理大臣を務めた貴族の政治家。
近衛に対する評価は、弱虫とか外交下手という悪いイメージが定着している。
この本は、著者がその汚名をはらそうと奮闘した渾身のノンフィクションです。
工藤美代子著
「われ巣鴨に出頭せず
近衛文麿と天皇」
の感想です。
![]() | われ巣鴨に出頭せず―近衛文麿と天皇 工藤 美代子 (2006/07) 日本経済新聞社 この商品の詳細を見る |
陸軍がどんどん支那の奥地へと戦線を拡大していった日中戦争。
一時、日本は敵である蒋介石の国民党軍と停戦に向けて交渉していたが、当時の首相の近衛は、「国民政府を相手にせず」と一方的に交渉を打ち切り更に戦争を続けることとなった。
この事実をとらえて、近衛を批判する人が多い。
実際、俺もこの本を読むまで近衛に対する印象は最悪だった。
しかし、ページをめくるたびに目からウロコが落ち、また、西洋列強を相手に政治をする緊張感を痛い程、実感した。
歴史を学ぶときに、責任を一人に押し付けたり、悪人だと決め付ければわかりやすくなる。
しかし、それだとイメージだけが先行して実際の事実を見逃してしまう事につながらないだろうか。
(例えば、靖国神社参拝の問題で、なぜいけないのかが問題になると、多く聞かれたのがA級戦犯が祀られているから・・・という理由。しかし、そもそもA級戦犯とはどういうものか、そして誰がA級戦犯で何をやった罪で裁かれたのかを知っているひとがどれだけいるのだろうか。
A級戦犯というイメージだけが巷に流れているのだ。
ちなみに、A級B級のアルファベットは罪の種類をわけただけで、罪の重さを格付けしているわけではないのだ・・・)
誰が悪い、あそこでああすればよかったなんて、まぁ面白半分に議論する分にはいいかも知れないが、真面目な議論で、日本の過去の到らない点をあげて批判しても始まらない。
だって、それって全部、「いまだから言える」ってだけだもん。
歴史を学ぶときは、なぜそんなことをしたのか。
戦争へと決断させたのはどういうことだったのかを理解し、その教訓を現代に生かすことが大切ではないかと思うのだ。
この本では、近衛の諸外国にたいする認識の深さが良くわかる。また、掲載されている論文の理路整然としている所は現代の政治家に学んでほしいね。
近衛は、日中でも日米でも戦争には消極的で、とくにアメリカとの開戦はなんとしても避けるようにと外交努力を続ける。
結局実らなかったが、この時期の日本がおかれている状況は本当に呼んでいて苦しくなる。
一方では日米開戦を声高に叫ぶ陸軍の連中がいて、何とかアメリカ側と接触を試みる近衛。
そこには、本当に国と国民の未来を考えている男がいた。
いやー、見直したよ、近衛公。
この時代は、日本だけではなく世界中が帝国主義の嵐に包まれていたから、軍部が威張るのはしょうがないのかもしれない。
新総理が組閣のときに、陸軍は新総理が気に入らないと、陸軍大臣を陸軍から出さないという嫌がらせをして自分達の意見を通そうとする。
陸軍が協力してくれなくては内閣もままならないため、総理大臣は協力せずにはいられない。
それから、大東亜戦争中の陸軍は、皇道派と統制派の争いとしてとらえるとわかりやすい。
皇道派とは、226事件を起こした一派で、親支那でソ連に注意し、それに向けて軍備せよ、としていたグループ。
しかし、強引にテロを起こしたことからこのグループの人間が内閣に入ることを昭和天皇はことごとくはねつける。
その結果、反支那だった統制派が陸軍の実権を握り、泥沼の日中戦争へと進んでいく。
もし、皇道派がいたら・・・歴史が変わっていたかも。
無駄なことを考えてしまう。
統制派の流れをくむ東條が首相と陸相を兼務して後に参謀総長まで兼ねるという強引なやりかたで推し進めた日米戦争。
結果は、近衛やそのほか冷静に分析していた政治家の思ったとおり、惨憺たる敗北だった。
戦後、戦犯を裁くだんになり、近衛もその責任を免れえまいと覚悟をきめていた。出頭要請されていた日、近衛は巣鴨には出頭せず服毒自殺をはかってその生涯を閉じる。
戦中、内大臣という天皇を補佐し、内閣が辞職したときに次の総理を実質的に指名していた役職にあった木戸幸一の責任が、実際より軽くGHQに報告されるあたりは読んでいてむかっ腹が立つ。
なんで近衛が死んで、木戸が死なないのか。
ノーマンというカナダ人と都留重人。
この二人の共産主義者を記憶に留めておこうと思った。
政治と外交、そして平和、国の舵取りの難しさと、時代のうねりの激しさにただただため息のでる一冊です。
最後にこの本に載っている近衛の論文を紹介します。
この考えの正しさに感服します。
「戦後の世界に民主主義、人道主義の思想が旺盛となるのはもはや否定できないところである。わが国がこの影響から免れ得ないのも当然のことだ。これらの思想は要するに人間の平等感から発するもので、自由民権や各国民平等の生存権や政治上の特権と経済上の独占の排除や機会均等などの主張の基礎をなしている。このような平等感は永遠普遍の根本原理のようなもので、これをわが国体に反すると思うのは偏狭の徒である。
ただし、遺憾に思うのは、わが国民はとかく英米人の言説に呑まれる傾向が強く、彼らの言う民主主義、人道主義というのをそのまま割引もせずに信仰謳歌するのは困る」
「日本人さえよければ他国はどうでも構わぬという利己主義をいうのではない。このような利己主義は人道の敵であって、新世界には通用しない旧思想である。
すなわち、日本人の正当なる生存権を確認し、この権利に対し不当不正なる圧迫をなすもののある場合には、あくまでもこれを争う覚悟がなければならない。人道のためには、時には平和を捨てねばならないときもあるのだ。
英米の論者は平和人道と一口にいうが、その平和とは『自己に都合よき現状維持』の平和のことであって、欧米人が戦前の状態が正義人道から見て最善の状態であることを前提にして論をなせば、それを撹乱するものはすべて人道の敵、ということになる。
欧州の戦前の状態が最善の状態だとして、これを破るものは人類の敵だとするのは何びとがさだめたことなのか」
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